第一回新横浜スイーツツアー、ここに開催。
参加者。私、ロナルドさん。以上。
新横浜スイーツツアーって何?って思った人、正しい。私も分かりません。
とにかく、何かよく分からない流れで予想だにしない事態になってしまったなあと、目の前でメニューに視線を落とす銀髪のつむじを眺めながら、ぼんやりと思案した。
ことの発端は数日前に遡る。
ギルドこと新横浜退治人組合、またの名を「新横浜ハイボール」の常連である私は、ノンアルコール・オンリーの退治人で賑わう店内で、一人したたかに酔っていた。
「それでえ、新横浜に最近できたカフェが話題になっててえ、東京で有名なお店のパティシエが独立して出したってところでえ、パフェがすーごく綺麗でえ」
これなんですけどぉ、すごくないですかあ?
向かいの席に座るターちゃんに芸術品のようなパフェの写真が並ぶSNSの画面を掲げて見せる。クールでキュートな中華娘は、スマートフォンに一瞥もくれずに「さっきも聞いたね」と斬り捨てた。
うーん、言ったっけ? 言ったかもしれない。分かんない。お酒おいしい。
手元のソルティドッグの残量をゴクゴク減らしていると、先ほどまで「行ってみたいなあ」だった己の気持ちが急に「行こう!」に切り替わったことを感じた。行きたい、行こう、行かねば。そうだ、行きたいなら行けばいいのだ。なんて素晴らしいアイデアなんだろう。やはりアルコールは偉大である。お酒おいしい。
酔っぱらいの思考にはブレーキはない。私は閃いた勢いのままにハンドルを切った。
「ねーえ、一緒にパフェ食べに行きません?」
「ウオアッ、えっ!?」
気づけばターちゃんは目の前から消えていて、その席にはロナルドさんが座っていた。アルコールで回らない頭でぼんやりとロナルドさんを見つめる。突然声をかけてしまう形となったロナルドさんは、僅かに飛び上がったのちアワアワと赤い顔で私を見つめ返している。そして、やおらキリリとした表情を作ると、「よ、喜んで……っ!」と居酒屋のアルバイトのようなことを言った。
私はロナルドさんが独立開業する以前から退治人組合で酒浸りだったため、勿論顔見知りだし幾度となく言葉を交わしたこともある。あるけれど、二人きり(他のテーブルに他の退治人はいるが)で向かい合っているこの状況は初めての経験であった。当然店の外で会ったこともないし、何なら連絡先も知らない。
でも今わたしはロナルドさんをパフェに誘って、いや誘ったのはターちゃんのつもりだったけど、そしたらロナルドさんはOKしてくれて、あれ? ターちゃんがロナルドさんでロナルドさんがパフェで?
「……まーいーや。ロナルドさん、いつ空いてますかあ?」
飲酒で記憶を失うタイプではないので、翌朝アルコールが抜けて冷静になった頭には「ロナルドさんとパフェを食べに行くことになった」という事実がしっかり残っていた。
いや、何で?
「何で?」もなにも、自分で誘ったので行くことになったわけであるけども。記憶はあるのにロジックがまったく追えない昨日の己の行動に頭を抱えた。
念のために夢だった可能性も疑ってみたが、へべれけながらもばっちり交換した連絡先がスマートフォンに入っていたし、約束の前日には「明日よろしくお願いします!」と連絡が来た。さすが、売れっ子退治人はちゃんとしている。
開店の三十分前から並んで入った店内は、どこを切り取ってもお洒落な雰囲気に満ち満ちていた。
白いレンガ調の壁が、彩度を抑えたシックなドライフラワーとアンティーク調の金の額縁とで彩られ、中央のどっしりとしたオーク材のテーブルの上には鳥籠がディスプレイされている。客層は女性が多めで、皆どことなく、お洒落なパフェを食べるにふさわしい、ハレの服装をしているように思えた。かくいう私も、本日は華やかさと上品さを重視した対パフェ用のワンピースである。
そんな全方位SNS映え隙なしの店内で、ロナルドさんはというと、率直に言ってやや浮いていた。退治人服の時は赤いジャケットに銀髪碧眼が映えて耽美な雰囲気を醸し出しているロナルドさんであるが、私服だと意外と溌剌として健康的な印象になるのである。たったそれだけのことに、単純な私は親しみを覚えて、気軽に話をすることができた。本日のお礼や、お天気の話や、最近の退治の話なんかである。慣れない空間のせいか最初はどことなく緊張して見えたロナルドさんも、話すうちにだんだんと砕けてきてニコニコと緩んだ笑顔を見せてくれるようになった。そうして、話題が「最近観た面白かったドラマ」に切り替わったタイミングで本日のメインが運ばれてきた。
「はあーすっごい、すごい、えっすごいこれ、これ芸術品ですよ、ああもう食べるの勿体ない」
「うわーすごいですねこれ。どう食べたら良いんだ?」
念願叶い興奮する私に対し、ロナルドさんが落ち着き払った反応を示したため、少しクールダウンできた。持つべきものは冷静な同行人である。
さて、実食の前にすべきことがある。私はロナルドさんに向かってしずしずとスマートフォンを差し出した。
「ロナルドさん、申し訳ないんですけど、写真撮っていただいてもいいですか」
「任せてください」
スマートフォンを受け取ったロナルドさんは、あまり写真を撮り慣れていないのか、力強い言葉とは裏腹にややぎこちない動作でシャッターを切った。カメラを返しながら、「どうですか? 大丈夫ですか?」としきりに聞いてくる。
「バッチリですよ、ありがとうございます。ロナルドさんも撮りましょうか?」
「あー、いや、俺は……」
「良かったら一緒にお撮りしましょうか?」
言葉を濁すロナルドさんに、もしかしてあまり写真を撮られるのが好きじゃないタイプだろうかと思案していると、近くを通った店員さんが愛想のいい笑顔で撮影を申し出てくれた。
「良いんですか? ありがとうございます。ロナルドさん、もしお嫌であれば……」
私だけで、と続けようとした言葉尻は、ロナルドさんの「嫌じゃないですッ! よろしくお願いしますッ!」の早口に絡め取られた。
店員さんがプロの御業で素早く撮影した写真は画角が完璧で、私とロナルドさんと二人分のパフェとが綺麗に映っていた。ロナルドさんはやはり撮られ慣れていないのか固めの笑顔をしていて、何だか可愛いなあとちょっとときめいたのは秘密である。
「もう今送っちゃいますね」
アプリを開き、ロナルドさんのアカウントと手早く写真を共有する。ロナルドさんは画像を神妙な表情で確認すると、「ありがとうございます」と合掌した。さすが、売れっ子退治人は物腰も丁寧である。
「じゃあ食べましょうか。いただきまーす」
食レポは割愛させていただくが、お味の方も身悶えするほど美味だったことをここに記しておく。
「俺、今日、来て良かったです」
ロナルドさんは店から出ると、スマートフォンを宝物のようにしかと胸に抱えて言った。どこかぼんやりと夢見心地のような表情をしている。
「本当ですか!」
ロナルドさんの言葉に嬉しくなった私はついロナルドさんに迫ってしまった。ロナルドさんがギョッとしたように上体を反らしたのに気づき、半歩下がる。
「失礼しました」
「いや……」
ロナルドさんは赤い顔で頭をかいている。どうしよう、変に気まずくなってしまった。折角のお出かけの終わりを微妙な空気にするわけにはいかない。私は決死で弁明した。
「その、安心してしまって。いきなりお誘いしてしまったし、お酒の席での約束だったので、あんまり乗り気じゃなかったらどうしようって」
「そんなことないですよ!」
今度はロナルドさんの方がずずいと迫ってきた。カッ!と効果音がつくような迫力に、カフェの行列に並ぶ何人かが振り返った。ロナルドさんは気づいていないようで、「本当に今日、誘ってもらえて良かったです。本当です。本当に嬉しかったです」と一生懸命に伝えてくれる。その誠実さが嬉しくて笑みがこぼれた。
「パフェ、お好きなんですね」
「へェッ、パフェというか、その、ハイ、す、す……」
尻すぼみに小さくなっていく声が、消え入るような細さで「すしです」と紡いだのが辛うじて聞き取れた。
実は、他にも色々と行ってみたいお店がある。友達と一緒に行くこともあるが、結構値段の張るお店の数々に同じ人ばかり誘うのは忍びないと思っていたので、スイーツ仲間が増えるのはありがたかった。
「あの、良かったらまた一緒に甘いもの食べに行きませんか?」
「よっよろこんでェ!!!!!」
ロナルドさんのよく通る声が、新横浜の青空に響いた。
これがロナルドさんと私の「新横浜スイーツツアー」活動開始のいきさつである。
なお、ロナルドさんにとってはずっと「デート」の認識だったと聞くことになるのは、かなり後のこととなる。
完璧で完全で美しいもの
20211025