元日の夜からロナルド吸血鬼退治事務所でお茶をいただいている。
今年は帰省しないことにしたので正月は暇だと話したところ、夕食にお呼ばれしたのだ。
大変に魅力的な提案であるものの、さすがに一月一日から上がり込むのは忍びないと一度は固辞しようとした。しかし、是非にと誘われた上、ロナルドさんもドラルクさんも本当に気にしていないふうで、それなら却って断った方が悪いかと思い、ありがたく来訪した次第である。
ドラルクさんお手製の新年のご馳走は素晴らしかった。筆舌を尽くしてシェフの腕前を褒めに褒め称え、申し分なく堪能した夕食後の現在、キッチン前のテーブルにいるのは私とドラルクさんとジョンの二人と一匹だ。ロナルドさんは夕食までは一緒にいたが、急な退治に呼び出され慌てて出ていった。「元日からお疲れさまです」と声を掛けると、「仕事だからな。あと今年は退治中に年越しじゃなかったからまだマシ」と返された。本当に頭が下がる。
「ロナルドさん、いつ頃帰って来られますかね」
「さあねぇ。もしかしたら深夜とか朝になるかもしれないよ」
「さすがにその前にはお暇しますので」
「私としては好きなだけいてもらって良いけど」
手土産に持参したフルーツ大福詰め合わせ(ブラッドジャム大福入り)をデザートに献上したく、ロナルドさんが帰るまで待たせてもらっている。ドラルクさんは「ロナルド君なんて待たずに食べちゃえば?」と言ったけれど、家主を差し置いてお土産に手を付けるのは気が咎める。恐らくそう返した場合、「新ドラルクキャッスルの主は私だ」と主張するだろうと思ったので、曖昧に笑って流してしまった。ジャパニーズ処世術である。
まったりとお茶をいただきつつお喋りに興じる。博識な吸血鬼との歓談はとても楽しくて、つい色々と尋ねてしまう。
「ルーマニアでは年越しに何をするんですか?」
「そうだな、熊の格好をして町を歩くとか」
「へえ! 可愛いですね」
「多分、君の想像より怖い光景だと思うよ」
ふと、ドラルクさんがテレビに目を止めた。私も釣られて視線を向ける。付けっぱなしのテレビでは、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの様子が中継されている。煌びやかなコンサートホールでの演奏に、時折お城のような絢爛な室内で踊るダンサーの映像が挿入されていた。
「お城とか懐かしいですか?」
「ああいや、うちはこんなに派手好みじゃないからね。そうじゃなくて……」
「?」
「ここじゃ狭いな。ちょっとこちらへ」
捧げ持つように手を引かれて事務所の方へと移動する。ごく自然におこなわれたエスコートにドギマギしてしまう。
ドラルクさんは、事務所入り口近くの開けたスペースで立ち止まり、私と対面する形で向き直った。
「ウィーンでは新年にワルツを踊るんだ」
「素敵ですね」
さすが宮廷文化の国。ロマンチックである。
素直に口にした感嘆の言葉に、ドラルクさんはにっこり笑った。
「折角だし踊ってみない?」
「え!? あの、お恥ずかしながらダンス経験は盆踊りとマイムマイムくらいで」
あと、ソーラン節とか?
モゴモゴ言っていると、ドラルクさんは身を翻して私の隣に並んだ。マントの裾がふんわりと揺れる。
「簡単だよ。はい、一、二、三、一、二、三」
「えっ? えっ、えっ?」
「上手上手」
「ヌーヌヌーヌ」
ドラルクさんとジョンがお手本のステップを見せてくれるのに合わせて、見よう見真似で足を動かした。ドラルクさんは「筋が良いねえ」と褒めてくれるが、正直なところ何が何だか分からない。数回繰り返した後に、「じゃ、踊ってみようか」と再度向き直る。
どうしよう、全然できる気がしない。
自信のなさが表情に出ていたのか、ドラルクさんは少し首を傾げるようにして顔を覗き込んできた。近くなった距離につい顎を引く。
「大丈夫、お遊びだよ。私上手いし。クルクル回るだけできっと楽しいよ。ね?」
「ヌ!」
ビ!
ニコニコと、本当に楽しそうに笑うドラルクさんに、既に見学ムードなのか仲良く並んでいるジョンとメビヤツが同意するように声を上げた。開け放たれたままの居住部のドアから、華やかに彩られた三拍子が聞こえる。確かに、この素敵な吸血鬼と踊るなんて、きっと楽しい思い出になるに違いない。
「足とか、踏んじゃったらすみません」
「光栄ですよ」
尚も往生際悪く張った予防線をスマートに流して、ドラルクさんは恭しく手を取った。
「それではお嬢さん、私と踊っていただけますか?」
不死鳥の羽ばたき
20220106