真剣な顔をしたロナルドから、「やりたいことがあるんだけど、良いか」と尋ねられたのは、陽の高い休日の昼間のことだった。私の部屋の二人掛けソファにて、まったりしたお喋りの隙間に挟まれた申し出だった。
何が「良い」のかは分からないままに「良いよ」と頷く。この人にこんなふうにお願いされて、私が断ることなどない。それは愛しい恋人だからという理由でもあり、彼の人間性に対する信頼でもあった。
ロナルドは緊張した表情で唇を引き結んで、神妙に頭を垂れる。それからおもむろに──私の胸に顔を埋めた。ロナルドの手が私の腰へ回り、ぎゅっと引き寄せられる。
私はひどく困惑した。ロナルドは人の胸元を占領したまま押し黙っている。鎖骨のあたりに癖毛の髪が触れてこそばゆい。
この退治人が女性の胸部に対するフェチシズム持ちであるということは、新横浜住民の多数が知っている。正確な数字は知らないが、たぶん七割とか、そのくらいには知れ渡っているだろう。なのでこういう行為に対する憧れがあるのかもしれないなと、くっつき虫になったつむじを見ながら考える。
しかし、私の胸といえば、埋もれるほど巨でもなければ、とっかかりがないほど貧でもない。ごく平均的な範囲を出ないものである。
これが仮に、ムチムチの弾力溢れる美巨乳であれば、当然とても魅力的なことは間違いない。私も是非体験してみたい。今度マリアに頼んでみようか。
話が逸れたが、つまるところ疑問はひとつ。
「ロナルド、それ楽しい?」
「楽しい」
顔を上げないまま、くぐもった声で力強い肯定を返されて、胸が温かくなる。ときめいたのではなく、発声によりロナルドの吐息がやんわりと服越しに伝わったためだ。
「そう……」
ロナルドの返答に曖昧に頷く。本人が楽しいと言うからにはそうなのだろう。
別に嫌ではないので、楽しんでいるなら止める理由はない。しかし、無言でくっつかれている間、私はすることがない。暇だ。手持ち無沙汰だ。
持て余した手で、なんとなく目の前の銀髪を撫でてみる。色素の薄い波打つ髪は、見た目の印象より固めで、私はそこが結構気に入っている。
つむじから襟足にかけて撫で下ろすと、今までピクリとも動かなかった頭が突如ブブブと震え出した。ひっつき虫からマナーモード着信へ。びっくりして、撫でていた手が頭から離れた。浮いた手が空中で止まる。ロナルドの震えも止まる。
何……?
訝しみながらそろそろと手を遠ざけようとすると、顔を埋めたままのロナルドが私の手をガッと掴んだ。見えてないのに何故正確に位置がわかったのか。武闘の心得的なモノなのか。退治人怖い。
ロナルドは怯えて固まったままの私の手を自分の頭に着地させてから、再度両腕を私の腰に回して力を込める。
「やめないでください」
「あ、はい」
ぐ、とねだるように鎖骨に押し付けられた頭をリクエスト通りに撫でる。今度は震えなかった。
やはり何が楽しいのかは分からないが、お願いされたからには満足するまで付き合おうと思った。遠慮しいのこの人が望みを口にすることはそう多くないのだ。叶う限りは甘やかしてあげたい。
実のところ、この行為を心底気に入ったらしいロナルドは、この先徐々にお願いの数と幅を広げていくのだが。まだそんなことを知りようがない私は、使命感に似た気持ちで陽に透ける銀髪を撫で続けた。
お望みなら何なりと
「幸せ……」
「えっ、泣いてる?」
2023/02/15